増谷 寛さん Yutaka Masutani
– 前編 OM-2から始まったカメラライフ –
フィルム写真を楽しむ皆さんに、フィルム愛について語っていただくこの企画。第1回目は、世界的に有名な写真家・故植田正治さんのお孫さんで、シェア暗室「おんたま」を運営するフォトグラファーの増谷寛さん。今や体の一部のようになっているフィルム一眼レフカメラ、OLYMPUS OM-2との出会いや、フィルム写真の楽しさについて語っていただきました。
DATA
📷 Canon EOS 3 / EF35mm F1.4L USM / EF50mm F1.2L USM
🎞 Fujifilm SUPERIA Venus 800、Kodak ULTRAMAX 400、Kodak GOLD 200
📷 Hasselblad 500C/M / Planar C 80mm F2.8 T*
🎞 Fujifilm PRO 400H
◯Photo:Nozomu Ishikawa
◯interview&Text:Rika Yamazaki
朝起きると、おじいちゃんが写真をセレクト!
増谷さんのおじいさまは、写真家の植田正治さん! 有名な鳥取砂丘の写真には、お母さまの「カコちゃん」がモデルで登場されていますね。
母は東京に嫁いできたのですが、僕が子どもの頃から高校生くらいまでの間は、夏休みになると決まって鳥取の母の実家に遊びに行っていました。カメラを始めたのは、そこで写真館を営む祖父の影響が大きいですね。子どもながら、高いおもちゃより、カメラのほうが手に入りやすいだろうなと思っていました。
最初に手に入れたカメラは何だったのですか?
富士フイルムの「フジカ ポケット200」というカメラでした。1975年発売の 110ポケットカメラのなかでも、一番安いグレードでした(笑)。当時はスーパーカーブームで、小学校高学年だった僕もすっかり虜になり、スーパーカーの写真を撮りたくて。それで祖父にカメラをねだったら、渡されたのがワンテン。一眼カメラをもらえると思っていたのでがっかりしたのを覚えています。使ってみたけど、写りもそんなに良くないし、つまらなくて。
おじいちゃんの家には、一眼カメラが売るほどあるのに、ポケットカメラ。
そう。それで、自宅にあった一眼レフカメラにこっそりフィルムを入れてみました。写真の撮り方に関するハウツー本もたくさんあったので、それを読みながら三脚を立てて、ベランダに出して、夜景を撮ってみたんです。
はじめての一眼レフカメラで三脚+夜景撮影とは……。いきなり高いハードルですね!
写真はその頃からずっと撮り続けているのですか?
中学はワンダーフォーゲル部に入ってカメラはあまりやっておらず、高校で写真部に入リました。心配性の祖父が登山を止めさせたかったようなのですが、自由に生きてきた人なので、直接的に人のすることを制するのは苦手で、母を通じて、というか裏から手を回して、「カメラをやるから登山をやめさせろ」と母が言われていたそうです。ちょうど高校に上がるときにカメラブームだったので、これはいいカメラを手にするチャンスかなと思い、写真部に入りました。まぁ、写真部といっても、バスケ部と剣道部の副部長が兼部するような、ほぼ活動しない部活でしたけどね(笑)。
カメラは期待通りのものをもらえたのでしょうか。
今度こそ最新のカメラが手に入る♪と思っていたら、数世代前の一眼レフカメラのOLYMPUS OM-2でした。プラスチック製が主流の時代に、なんてクラシカルなカメラなんだ……と、またがっかりしました。ファインダー横から伸びた棒みたいな針が、ぬぅ~って上下する……あぁ、ひと世代前のカメラだって感じる代物でした。
それから、もらったカメラでたまにモノクロ写真を撮るようになりました。夏休みに祖父の家に行って、カメラをぶら下げて自転車でうろうろしたり、朝、漁協のまわりこぼれ落ちている片口イワシを割いて餌にして釣りをしながら、のんびりと写真を撮りました。そして、現像した写真をリビングのテーブルの上に出しっぱなしにしておいたら、朝起きると写真が仕分けされているんです。いい写真とそうでもない写真に分けられていて。祖父は写真が本当に好きで、写真を見ると分けたくなる性分でした。ラボに出されたお客さんの写真も選別していましたよ。
植田正治さんに写真を審査してもらえるなんて、豪華ですね〜!
アドバイスはほんの一言、「バライタ紙だからよく洗うように」とか、そんな程度でしたね。でも、「この写真はすごくいいから、コンテストに出せ!」と誉めてくれたりもして、当時はちょっと調子にのっちゃいました。
なんだかんだで、OLYMPUS OM-2はとても使いやすくてずっと使い続け、今では肌の一部のようになっています。当時もらったOM-2はもうだいぶくたびれてきたので、温存用で使っていませんが、合計4台持っています。
Is this a pen?
大学生くらいになると鳥取にも行かなくなり、結婚してしばらく、あまり写真を撮らない時期が続きました。再び撮るようになったのは、2010年。時代はデジタル全盛期になっていました。鳥取の植田正治美術館で生誕100年のイベントを行うことになり、美術館の巨大カメラオブスキュラで撮影するというワークショップを受け持つにあたって、暗室勘を取り戻す必要が出てきました。そこで、写真家の平間至さんのレンタル暗室『PIPPO』で、OLYMPUS OM-2で撮った写真を現像したり、展示に参加したりしました。そうこうするうちに、自然と写真好きの人たちと交流が増えて、楽しくなってきたんですよね。
写真のモチベーションを維持するためには、写真仲間って大事ですよね。
そうなんですよ。それから年に1回、写真の国際見本市、パリ・フォトに行くようになり、パリを訪れた際にモノクロで街のスナップを撮るようになりました。開催時期が11月なので光が低く影が長く、とてもフォトジェニックな写真が撮れるんです。その頃はパリの写真ばかり撮っていました。
どのカメラで撮っていたのですか?
高校に上がるときにもらった、あのOM-2です。それに35-105mmのズームレンズ 、しかもマクロ付き。小さくて軽いので、旅行には最適な組み合わせでした。当時、「男は黙って、単焦点」なんて言われて、確かに写真が綺麗なのはわかるんだけど、やっぱり旅先では1本ですませたいですよね。
当時、OLYMPUSがデジタルのPENを発表した時期で話題だったのでしょう、パリでもPENはとても人気がありました。OM-2をぶら下げてスナップしていると、写真好き風のフランス人に、「Is this a pen?」と聞かれて。中学の英語で最初に習うあのフレーズ、海外で聞いたのは初めてでした。
なんと、あの一生使いそうにない疑問文が本当に使われることがあるなんて! パリ・フォトはどんなイベントがあるのですか?
世界中から写真好きが集まって、写真の展示や販売があります。とんでもない名作の販売もあって、アウグスト・ザンダーの代表作が3億円で売られていました。内覧前夜のパーティーではエリオット・アーウィットが目の前に立っていたり、ロベール・ドアノーのお孫さんに会えたり、ウィリアム・クラインが車椅子で現れたり、写真界のV I Pに接することができて、大興奮です!
同時期にフォト・フィーバーといイベントもあり、ブースを買って写真を展示販売することができるんです。2019年は仲間と展示ブースを1枠買って展示販売をしました。僕の写真は、スマートフォンで撮った「顔」に見えるシリーズが人気でした。
2020年はコロナで中止になってしまって、残念ですね……。
そうなんです。今年はあるといいなぁ。旅行に行かないとあまり写真を撮らないので、パリ・フォトは撮影旅行としても楽しみにしているので……。
なんでもないシーンは中判カメラで撮りたい
パリ以外では、どんなところに旅行に行きますか?
東京の島・式根島は何度も訪れていますが、写真を撮るというより、ゆっくり楽しむ感じですね。パリのように歩きながらスナップするのではなく、島の風景をゆっくりフレーミングする感じなので、Rolleiflex3.5Fでじっくり撮っています。
行き先によって、撮りたいカメラが変わるのはよくわかります。なんでもないところこそ、フィルムカメラが導き出す味わいに頼りたいというか。
それはありますよね。あと、最近では「団地」をテーマに写真を撮っています。2019年の春頃から、実家の近くの都営団地が建て替えすることになって、人がいなくなったんですよ。ゴーストタウン化する団地に、表現しようのないザワザワ感を感じて、写真を撮り始めました。アンハッピーな人はいないはずなのに、諸手を挙げてハッピーとは言えない、そんな空気を残そうと思いました。
人がいない建物の持つ異様な空気みたいなものってありますよね。それはどのカメラで撮っているのですか?
これもOM-2でカラーで撮影しています。加えて、最近購入した HasselbladのSWC 38mmでモノクロも撮り始めました。2010年にデジカメ全盛期になったとき、フィルムカメラが見放されて安かったんですよ。他に持っている中判カメラ自慢としては Hasselblad 500C/Mです。 sonnar 150mm付きで ヤフオクで5万円くらいでした。それからヤフオクのギャンブルにはまって、どんどん増殖しています。Rolleiflex3.5Fも、2万5,000円くらいでしたよ。
いまはその値段じゃ買えないですね! お宝です。
フィルムカメラの楽しさって何だろうって、ずっと考えているんです。式根島に行ったとき、若い女の子たちが写ルンですで逆光で撮っていて、あれは写らないだろうなぁ、なんて思って見ていました。でも、現像して写っていないのが、また楽しいんですよね。人間の目には写るのに、カメラには写らない。写真の面白いところは、目で見えているようには写らないところにあると思います。
デジカメは簡単に思い通りに撮れてしまいますものね。
見えている通りにきれいに写したかったら、デジカメでいいんです。見えないところをいかに引き出して思い通りに撮るかが、フィルムカメラの醍醐味。顔がきれいに写っているのは、ピントと露出を顔に合わせたからで、撮る人の考え方が写るわけですよね。記録装置としての役割はデジカメに任せて、そうではない部分をフィルムで楽しんだらいいんじゃないかな。
とくに機械式のフィルムカメラは、フィルム選びから全部自分で決めるから、「写真を撮った感覚」が強いですよね。フィルムのお話をたくさんお聞きしたら、撮りたくてウズウズしてきました。スナップに行きましょう!
いいですね。今日はベスト・ポケット・コダックで撮ろうと思って、持ってきました。ベスト判の単玉レンズがついた、蛇腹カメラです。5年くらい前に、ネットークションで5,000円くらいで買いました。一番たくさん出たカメラなので、意外と安く買えるんですよ。
おお、レトロ感がすごいですね、かっこいい! では、さっそく撮りに行きましょう。
増谷 寛さん Yutaka Masutani
植田正治事務所代表。写真集食堂「めぐたま」の2Fでシェア暗室「おんたま」を運営。写真に関するイベントやフィルム写真のワークショップなどを行う。
平間至さんの『PIPPO』がクローズする際に譲り受けた暗室と、パンダグッズが集まる暗室のある事務所。