高杉さんご夫妻
−付き合ったきっかけはNikon F80-
フィルム写真・登山・自転車という共通の趣味を持つ高杉さんご夫婦ですが、フィルム写真に対する考え方や、楽しみ方は少し違うようです。夫の佳克さんと、妻の直さんにお話を伺いました。
DATA
📷 Canon EOS 3 / EF50mm F1.2L USM
🎞Kodak Proimage100、Kodak GOLD 200
📷 HASSELBLAD 500C/M / Planar C 80mm F2.8 T*
🎞 Kodak PORTRA160
◯Photo:Nozomu Ishikawa
◯Text:Rika Yamazaki
編集部 お二人はどんなきっかけでフィルムカメラを始めたのですか?
佳克 祖父の遺品整理をしていたときにオリンパス PEN-Dが出てきて、オーバーホールをして使ったのが最初です。ハーフカメラも楽しかったのですが、すぐに一眼レフが欲しくなり、オリンパスOM-1を中古で購入しました。同時期にオリンパスの一眼レフデジタルカメラを使っていたので、マウントアダプターを介せばOM-1のレンズがそのまま使えるのも魅力でした。でも、カメラ内蔵の露出計が何度直しても壊れるので、そのうちNikon F80を使うように。デジタルでニコンを使うようになっていたので、フィルムカメラもニコンにした感じです。
直 私はファッション誌みたいな写真が撮りたくて、写真を始めました。当時読んでいた『オリーブ』という雑誌に載っているような写真を撮りたかったんですよね。友達と一緒に駒沢公園に洋服を持って行ってファッションショーをしながら、親にもらったポラロイドカメラで撮影しました。高校に入ると、父が買ったNikon FEで撮るようになりました。大学は写真学校に通いたかったのですが、行きたい学校がなかったので、大学では写真以外の学部で写真サークルに入りました。就職して最初に買ったのがNikon F80。昼間働きながら、夜は念願の写真学校に通いました。
編集部 お二人ともNikon F80を使っていたのですね。運命ですね(笑)。お二人はどこで出会ったのですか?
佳克 登山です。共通の知り合いに燕岳登山に誘われて、そこに来たのが直ちゃんでした。ちょっと変わった知り合いだったので、来る人もきっとちょっと変わっているだろうと思ったら、直ちゃんは燕岳に中判カメラのFUJICA GS645 Professionalと防水・防塵のコンパクトデジタルカメラ、OLYMPUS Toughの2台持ちで来ていました。
結婚後も登山が趣味のお二人。蝶ヶ岳にて、Nikon F80で直さんが撮った佳克さん。
自転車も共通の趣味。フィルムカメラを持って、自転車で多摩川河川敷を走ることも多いそう。
直 PLAUBEL makina67は蛇腹式で畳むと薄くなるので、持ち運びしやすいんですよ。写真学校に通っていた時、「大きいものを撮るなら、大きいカメラがいい」と習って。雄大な山風景を撮るなら中判がいいと思ったんです。
編集部 そのとき、佳克さんはどのカメラを持っていかれたのですか?
佳克 僕は星空を撮りたかったので、デジタルカメラのNikon D600と三脚を持っていきました。その時に、お互いNikon F80を持っているという話で盛り上がったんです。
直 私のNikon F80は、結婚してから加水分解で駄目になって手放しました。使いたいときは夫のカメラを借りています。他にもお互いニコンFマウントのカメラを使っているので、同じレンズは一つだけ残して手放して、共用で使っています。
モロッコのシャウエンで撮った写真。奥行きの深い描写がたまらない!(撮影:直/PLAUBEL makina67+Kodak PORTRA 400)
「撮った後」も好きな夫と、「撮る瞬間」が好きな妻
編集部 お部屋の壁、一面が写真ですね。ステキ!
佳克 こうして飾ってみると、フィルムの色調はインテリアに馴染むというか、邪魔しないんですよね。
直 フィルムで撮った写真は、色調は褪せた雰囲気なのに、旅の臨場感はデジタルよりも色褪せない気がします。
編集部 カメラ好きには、「機材が好き」なタイプと、「撮るのが好き」なタイプがいると思うんですが、お二人はどちらのタイプですか?
直 私の場合、カメラはきれいな景色を手に入れるための手段だと思ってます。だから正直、なんでもいい。撮るのが好きなので、撮った瞬間に満足しちゃう。撮った後のことにはあまり興味がないですね。
佳克 僕はもっとカメラに思いやりがあります(笑)。
直 積極的に誰かのために撮る、ということもあまりないんですよね。ただ、以前写真学校の卒業制作で写真集を作ったときに、ブラジル人の親子を撮影したら、それが朝日新聞の書評にのったんです。その親子にご連絡したらとても喜んでくれました。撮ったことで、結果として誰かが喜んでくれるのは嬉しかったです。
佳克 僕はデジタルデータ(RAWデータ)を現像するのも好きだし、飾ったりアルバムを作るのも好きです。アウトプットはほとんど僕です。
写真を壁に飾るセンスが抜群!
コンパクトフィルムカメラは缶のケースに入れて収納。油性ペンで手書きした文字がかっこいい。
直 私はほんとマメじゃないのですが、夫はきちんと整理してます。
佳克 フィルム写真はEXIF(設定情報)が残されていないので、シャッター速度や絞り、フィルムなどを覚えておいて、エクセルに手動で入力していたこともありました。
編集部 それはすごい……。
佳克 さすがに大変で途中でやめて、フォルダ名とファイル名に、年月日・カメラ名・レンズ名・フィルム名をつける管理方法にしました。最初は撮った日付をつけていたのですが、それもなかなか大変だったので、今は現像に出した日付を入れています。
登山はコンパクトカメラを持って行くことが多い。雄大な景色をパノラマで撮ると、映画っぽい雰囲気に。(撮影:佳克/MINOLTA capios20+Lomography Color Negative 100)
登山にもよく持っていくコンパクトなMINOLTA capios20。
撮った写真をアルバムにするのも佳克さんの役割。こちらは2018年のパリ旅行をまとめたアルバム。
モノクロネガで撮った写真はベタ焼きに。ここからセレクトして気に入ったカットはプリントします。
ゆっくりと海外を楽しむためにデジカメは持たない
パリのポンピドゥー・センター(現代アート美術館)のテラスより。ひしめくように立ち並ぶアパルトメントの向こうに、エッフェル塔と鳩。歩き通してクタクタだったところに、あまりに幻想的な光を目にして感動し、とても記憶に残っている1枚だそうです。(撮影:直/Nikon AF600+Kodak PORTRA160)
パリのメトロの駅、アール・ゼ・メティエにて。銅で覆われた個性的なホームのデザインは、海底2万里のノーチラス号をイメージされているそうです。この背景に溶け込んだパリの人々の日常を撮りたくて、対岸にピントを合わせ、ファインダーに人が入ってくるのを待って撮った1枚。(撮影:佳克/Nikon FE2+Kodak PORTRA400)
編集部 海外の写真が多いですね。
佳克 そうですね。上の写真は2018年にパリで撮ったものです。ツール・ド・フランスと独立記念日の時期に合わせて行きました。Nikon FE2にフォクトレンダー ULTRON 40mm F2をつけて、フィルムはKodak PORTRA400を持っていきました。欧米に行くときは、フィルムはPORTRAだけにしています。色や階調が安定していて安心だし、発色が欧米の街並みに合うんですよね。なにより2人で使うのに種類を限定したほうが管理しやすいし。
廃盤になったKodak PORTRAのパッケージ。直さんが普段から気に入って履いている登山用靴下と偶然にも同じカラーリング!
編集部 ツール・ド・フランスに合わせて行くなら、デジタルカメラでレースも撮るのですか?
佳克 いえ、見るだけで撮りません。海外に行くときは、フィルムカメラしか持っていかないです。デジタルを持っていくと、なんだか撮ってばかりで忙しくなっちゃうので。
直 私はこのとき、コンパクトフィルムカメラのNikon AF600で撮っていました。でも、海外はPLAUBEL makina67を持ってくことが多いです。やっぱり、中判はファインダーを覗いたときの情報量が多いんですよ。
佳克 直ちゃんは、海外でもどこでも、ノーストラップで中判を持って行くんです。かっこいいですよね。僕は仕事でカメラストラップを作っているので使ってほしいのですが……(笑)。
直 ストラップなくても大丈夫ですよ。
編集部 フィルムで撮ることの楽しさは、どんなところにありますか?
直 二度と見ることができない景色を残せるところかな。以前、フランスのノートルダム大聖堂を撮ったのですが、後に火災で焼け落ちてしまいました。写真に残ったノートルダム大聖堂は、二度と見ることができない貴重な姿です。他にも、谷川岳で記念写真を撮った山頂の看板に数時間後に落雷があって、真っ二つに割れてしまったことも。そう思うと、1枚1枚、そのときそこにあった姿を、できるだけ情報量の多い中判で残しておきたいと思うんですよね。
Mamiya RZ67。レンズが直さんの顔くらい大きい。これをノーストラップで持って行くのは男前!
2018年に直さんがNikon AF600で撮影したノートルダム大聖堂の写真。ここは2020年に火災で焼け落ちてしまいました。撮らなければ、二度と見ることのできない光景。
佳克 2人でフィルムカメラを持って街歩きをすると、見ているものが違うのもおもしろいなと思います。デジタルだとすぐに確認できるけど、現像に出して上がってきたものを見比べて、こんな風に見えていたのかと、脳の違いを発見する瞬間が楽しい。その人が考えていることがわかることがありますよね。撮るだけでなく、たくさん写真を見ていると、そんなことを感じます。
佳克さんと直さんが使ってきたカメラたち。これらのカメラで撮影した写真をご自身のコメントと共にご紹介します。
佳克さんのフィルムカメラ歴
一眼レフもコンパクトカメラも、ニコンが多い佳克さん。海外や登山の写真もトーンに統一感があります。
●ハーフカメラ
OLYMPUS PEN D
●35mm一眼レフ
OLYMPUS OM-1、Nikon EM(手放し)、Nikon F80、Nikon F4(手放し)、Nikon F6(手放し)、Nikon FE2、Nikon F-501、Nikon F-401
●35mmコンパクトカメラ
OLYMPUS XA1(手放し)、OLYMPUS μⅢ135、Nikon AF600、Nikon 35Ti(手放し)、Nikon TWズーム(手放し)、Konica現場監督、MINOLTA capios20
●中判フィルムカメラ
PENTAX 645
パリ、セーヌ川の中にあるシテ島へ渡るサン・ミシェル橋にて。朝の通勤時間で、パリの人々の日常を切り取りました。焦るわけでもなくただ颯爽と自転車通勤する人々の姿を見て、自分もこうありたいものだと思ったものです。町並みを照らす朝に光がとてもきれいでした。(Nikon FE2+Kodak PORTRA400)
2017年に訪れたサンフランシスコのツイン・ピークスにて。丘から街を望む絶景にと身を寄せ合って佇むカップルがとても絵になっていました。日没間際、ものすごく強風で寒かったのを覚えています。(Nikon AF600+Kodak PORTRA160)
川崎の夢見ヶ崎動物公園にて。公園を歩いて見上げた5月の空には一面の鯉のぼり達が。風の中を気持ちよさそうに泳ぐその姿に心が癒やされました。(Konica現場監督+Lomography Color Negative400)
雨上がりに散歩した横浜の公園にて。あまり見ない黒いブランコの質感と、金属部の錆びた塗装がかっこよくて撮りました。自分はモノにクローズアップした写真が多く、見返すと風景を全く残していなかったことも多いです(笑)。(Nikon F80+AGFA vista400)
八ヶ岳北端、蓼科山の山頂から南アルプスを望む。中判のボケを活かしたくて、露出オーバーでしたが開放で撮りました。ようやくたどり着いた山頂なので妻の顔もちょっと疲れていますね(笑)。登山にPENTAX 645は当然重いのですが、ストラップを体にかけるとレンズが下を向いてくれる構造で、意外とフィットしてくれます。(PENTAX 645+Kodak Ektar 100)
直さんのフィルムカメラ歴
中判カメラがお好みの直さん。使わないカメラは手放して、よく使うカメラを厳選して残しています。「機材よりも撮るのが好き」なのがよくわかるカメラ遍歴。
●ハーフカメラ
Superheadz Golden Half BLACK MOUNTAIN(手放し)
●35mm一眼レフカメラ
Nikon FE、Nikon F80(手放し)
●35mmコンパクトカメラ
Nikon L35Ⅱ、PENTAX ESPIO160、FUJIFILM NATURA BLACK(手放し)
●中判カメラ
MAKINA 67(手放し)、Mamiya RZ67、Lomography Diana F+、FUJICA GS645
FUJIFILM GW690
●ポラロイド
FUJIFILM instax チェキ、Lomography Lomo’Instant Camera、Polaroid(手放し)
新婚旅行で訪れたサンフランシスコの街で。フィギュアの側にいた黒猫がこちらを見ていました。どの国のどの街にもそれぞれの生活があって、街歩きをしているといろいろな発見があります。(FUJICA GS645+Kodak PORTRA400)
こちらも新婚旅行で訪れたヨセミテ国立公園のジョン・ミューア・トレイル。春ですがさーっと雪が振り幻想的でした。山全体の写真だけでなく、道中の花や虫、登山道など、山を感じる部分を撮ることも好きです。(FUJICA GS645+Kodak PORTRA400)
多摩川は日常的によく二人で散歩をしていた場所。夕暮れ時にコンパクトフィルムを持って歩いた時、土手の上を歩いていた夫を下から撮りました。二人でバラバラに歩く散歩も、新しい発見があるので面白いです。その後現像して、日常を思い出すのも楽しみのひとつ。(MINOLTA capios20+Lomography Color Negative400)
香港の山に登った時に、ふと山道の横を見ると池に美しい光がさしていました。一人旅のときはこういう美しい場面に遭遇すると、ほっとしたり感動したりします。たった1枚の池の写真ですが、香港の山の湿度や匂い、挨拶した人などを思い出し、写真の力を感じます。(Nikon L35+Lomography Color Negative400)
高杉佳克さん
カメラと自転車が大好きなバッグデザイナー。どこへでも自転車+カメラで出かけます。現在は「アルティザン・アンド・アーティスト」にてカメラバッグやストラップを開発しています。そんな日常から生まれたカメラストラップはこちら。アタッチメント式イージースライダー ACAM-25 (https://www.aaa-shop.jp/shopdetail/000000000929/)
直さん
写真を撮ったり見たりすることが好きで、趣味や仕事で20年くらい写真に関わっています。現在はクラシックバレエの舞台撮影を続けながら、新聞社の古い写真をデジタル化して保存するサービスを行う部署で勤務。