フレンチバルブ 店主 松田昌幸さん
–修理済みのフィルムカメラが並ぶバー–
機械いじりと修理が好き。自転車とお酒とフィルムカメラも好き。それを全部組み合わせたら、カオスなお店になりました。「フレンチバルブ」店主の松田昌幸さんにお話を伺います。
DATA
📷 Canon EOS 3 / EF35mm F1.4L USM、EF50mm F1.2L USM
🎞 FUJIFILM SUPERIA Venus 800
📷 Hasselblad 500C/M / Planar C 80mm F2.8 T*
🎞 Kodak Ektar 100、Lomography Color Negative 800
◯Photo:Nozomu Ishikawa
◯Text:Rika Yamazaki
ジャンク品を買っては直し、人にあげる
お店の窓越しに見える、「カレーライス」の文字。飲食店だと思って扉を開けると、無造作に置かれた自転車とそのパーツ。パンチングボードの壁には、メンテナンス用工具が掛けられています。そして、棚という棚に、読者の皆さんには宝の山に見えるであろう、フィルムカメラの数々。ごちゃごちゃしているけど、なんだかセンスのいい不思議な空間を眺めていると、店主の松田さんが現れました。
入り口付近には自転車がたくさん!
自転車屋さん?と思って奥を見ると、フィルムカメラがズラリと並んでいます。
編集部 ここはどういうお店なのですか?
松田 バーです。お酒を出すところ。カレーとナポリタンとコーヒーとお酒しかありません(笑)。オープンして、今年で15年になりました。
編集部 お聞きしたいことが満載……。まずは、いつからフィルムカメラを始めたのか、教えてください。
松田 若い頃はフィルムカメラしかなかったので普通に撮っていましたが、デジタルカメラが登場してからはしばらく使っていなかったんです。FUJIFILMやSONYのミラーレスデジカメで、知人が勝手に作ったうちのホームページの写真素材を撮ったりしていました。再びフィルムカメラを使い始めたのは、3年ほど前。ハードオフで、ジャンク品のKONICA C35 EFが800円で売っていたので、分解してみたいな~と思って買って直してみたら、ちゃんと動いて写真も撮れるようになったんです。子どもの頃から機械いじりが好きで、動かないモノを動くようにすることに喜びを感じていたので、久々に気持ちが昂りました。それ以来、ハードオフやヤフオクで1,000円以下のジャンク品を買っては直し、フィルムを入れて撮っては結果を見る、ということを繰り返すようになりました。
コーヒーを淹れながら、楽しそうにフィルムカメラの修理について語る松田さん。
ミラーレスデジカメのFUJIFILM X-E2とSONY NEX-5には、オールドレンズをつけて。
編集部 そんなにたくさんカメラがあっても、ひとりでは使い切れないですよね。
松田 直すのが楽しいので、修理後は人にあげちゃいます。減らさないと増えていくばかりで、新しいカメラを直す場所もないからね。
編集部 あげちゃうんですか! 私にもください(笑)。他にはどんなカメラを直しましたか?
松田 KONICA C35は5~6台は直してます。あとはCanon Canonetが6台以上、YASHICA ELECTRO 35あたりをたくさん直しました。修理したフィルムカメラを並べていたら、知人がカメラを持ってくるようになって、ROLLEICORDやLeica、ロシアのレンズなんかも集まってきました。
編集部 修理したカメラで一番思い入れがあるのは、どれですか?
松田 YASHICA ELECTRO 35かな。カメラを全部開けてオーバーホールしました。レンジファインダーの二重像を合わせたり、ボロボロだった革の部分を張り替えたり。修理したらちゃんと動いてくれて、無事に撮れたときの嬉しさはひとしおでした。長い間大事に保存されていたカメラより、ずっと使われていたボロボロのカメラのほうが動くことが多いです。人が住まなくなると傷む家と同じですね。だから、ジャンク品を買うときは、見た目が綺麗なものより、あえて使用感のあるものを選びます。
編集部 フィルムを使うようになって、デジカメは全然使わなくなりましたか?
松田 フィルム時代のオールドレンズをムダにしたくなくて、デジタルのミラーレス機につけて使っています。デジタルになってもAF(オートフォーカス)は苦手。自分でピントを合わせたいですね。
修理するたびにたまっていくカメラやレンズのパーツは、次の修理のために大切に保管。
「所有する」か「使う」かは、時間の余裕で決まる
編集部 試し撮りのフィルム代も結構かかりそうですね。どんなフィルムを使っていますか?
松田 海外仕様のFUJICOLOR C200業務用10本パックを、日本のAmazonで買っています。それが一番リーズナブル。写りのテストをするので、フィルムは同じものがいいんですよね。
編集部 フィルムが違うと、カメラの性能なのかフィルムの違いなのかわからなくなりますよね。直すだけでなく、撮るのも好きなのですか?
松田 そうですね、撮って現像が上がるのを待っている間が楽しいです。カメラを「所有する」と「使う」とでは時間の感覚が違って、忙しいとモノ集めになりがちですが、時間ができると写真をたくさん撮るようになります。
編集部 確かに、仕事でテンパっていると、時間がないのにカメラやレンズを買ってしまったりします……。試し撮りはどんなところでしますか?
松田 ほぼ半径30m以内ですね。駅前に35mmのカラーネガなら1時間以内で現像してくれるラボがあるので、近所で撮って、近所で現像に出してと、近場で楽しんでいます。
編集部 どんなものを撮りますか?
松田 人以外なら何でもいい。モノや風景は文句を言いませんからね。店の前の花や、雨上がりの水溜りや、店に入った光など、日常のほんのひとコマですよ。
2017年の秋、影の方向を見ると朝の早い時間ですね。帰らずに店で夜明かしして何となくカメラを持ってドアを開けたところで撮りました。(撮影:松田/YASHICA ELECTRO 35+Kodak Ektar 100)
2019年5月の午後遅く、夕陽が綺麗だったので店を出て30数歩行ったところで……。これを撮ったカメラはお店に来る女の子に貰われていきました。(撮影:松田/YASHICA ELECTRO 35+Kodak GOLD 200)
捨てられない! だから修理して使う
編集部 そこにあるのはタイプライターですか? レトロでとってもステキ!
松田 これ、いいでしょう。ヤフオクで500円のジャンク品を買って修理したんですよ。送料のほうが高かったです。今はメニューをタイプするのに使っていますが、アナログでいい感じなんです。ジャンクを買うくらいだから、お気付きかもしれませんが、基本的にモノを捨てられなくて。穴が盛大に開いたジーンズも捨てるかどうしようか迷って、プロにリペアに出そうかとも思ったのですが、結局自分で直しました。ジャンク品のミシンを買って直したら使えるようになって、無事に穴もふさがりました。椅子の革の張り替えや、カメラの革の張り替えもやります。
ブラザーのタイプライターは現役でメニュー制作に使用。取材に伺ったANALOGUEisの編集部員も欲しくなってしまいました。
穴の空いたジーンズも、それを直すミシンも、自分で直して使えるように。
編集部 すごい、手先が器用なんですね。自転車の修理も昔からやっているのですか?
松田 結婚して北海道に住んでいたときに、自転車工房で小物を作っていて、その頃からです。組み上がった自転車ではなく、ペダルとかクランクとかの小さなパーツ修理が好きですね。
編集部 お店の名前も、自転車にちなんだ「フレンチバルブ」。でも、どうしてフレンチバルブという名前に?
松田 フレンチバルブ、ご存知ですか? フランス式の細くて華奢な空気を入れるバルブで、自転車好きな人ならわかるはず。「わかる人」に来ていただきたかったので、“ふるい”になる名前にしました。「フランス料理屋さんですか?」とか、お店のアイコンを見て「灯台ですか?」っていうお問い合わせがとても多くて。でもいいんです、わかる人にわかれば(笑)。
壁にかけられた工具。ここだけとても綺麗に整然と並んでいます。
ひとりでフラリと入ってくるのは女性が多い
編集部 お客さんはどんな方が多いですか?
松田 自転車好きの人はたいていカメラ好きなので、自転車もカメラも好き、という人が多いです。ひとりでフラリと入ってくるのは、20~30代の若い女性がほとんど。
編集部 へぇ! 若い女性は度胸がありますね。若い男性はどうですか?
松田 男の子は入ってこないです。外から中をそーっとのぞいて、やっぱり勇気なくてダメだな……って帰っちゃう。女性のほうがひとりで行動する印象があります。カウンターでいろいろ話しているとフィルムカメラにたどり着いて、この店がキッカケでフィルムカメラを始める人も多いです。フィルムの入れ方からひと通りお教えしますよ。
編集部 ますます何屋さんだかわからないけど、とにかく、マニアにはたまらない空間であることは間違いありません!
松田さんの作る夏野菜のカレーは、スパイシーなのにまろやか。具材を素揚げするひと手間が美味しさの秘訣。
食後に丁寧に煎れてくれるコーヒーも絶品。カレーとコーヒーとフィルムカメラ、最高です!
松田さんの撮った写真をご紹介
松田さんが修理した35mmのフィルムカメラで撮影した写真と、中判カメラのMamiya 645で山々やお子さんを撮影した写真の数々を見せていただきました。
2018年5月、国分寺の串焼き屋さんで一寸一杯。普通に歩けば20分ですがカメラをぶら下げて小一時間、道端のものを撮りながら歩きました。(撮影:松田/Canon AE-1Program+FUJIFILM C200)
2018年1月22日東京は大雪。お店から家に帰るのは諦めて、翌早朝記念というか記録というか撮っておきました。(撮影:松田/FED-2+FUJIFILM C200)
2018年夏、国分寺のタイ料理屋さんです。夕暮れ前、まだ外は明るいですけどね。いつものように飲酒中です。いいお店だったんですが閉店してしまいました。(撮影:松田/PENTAX SP+FUJIFILM C200)
18年前の夏……だったはず。子どもを連れてカムイスキーリンクスへ。誰もいない夏のスキー場、リフトの終点です。(撮影:松田/Mamiya 645+FUJIFILM NEOPAN 400PR)
何時だったか思い出せないほど昔の写真。ゴールデンウィークの室堂です。写っているのは奥大日岳。前日雪とガスに巻かれて適当な場所にテントを張って怒られました。ゴメンナサイ!(撮影:松田/Mamiya 645+FUJIFILM FUJICHROME Velvia 50)