銀塩モノクロ専門店「THE BASE POINT」
ILFORD PHOTOやORIENTALのフィルム、印画紙などを取り扱っている、サイバーグラフィックス株式会社が2020年6月に自社の直営店を持ちたいと東京・神田にオープンしたのが「THE BASE POINT」です。フィルム、印画紙、薬品、現像用品を販売するだけでなく、暗室とギャラリースペースを併設しており、モノクロフィルムでの撮影前から撮影後までのほぼすべてのプロセスをここで行うことができます。店長の神谷龍樹さんにTHE BASE POINTのコンセプトやモノクロ写真の楽しさについて伺いました。
DATA
📷Canon EOS 3 / EF35mm F1.4L USM / EF50mm F1.2L USM / EF16-35mm F2.8L II USM
🎞Fujifilm SUPERIA PREMIUM 400
○Photo:Nozomu Ishikawa
○Interview & Text:Rika Kasai
銀塩モノクロの入口から出口まで揃う場所
「銀塩モノクロ専門店」ということですが、まず「銀塩」とは何か教えてください。
神谷:簡単に言うと、銀の化学反応を利用して写真を残す方法のことを指しています。一般的にはフィルムや印画紙を使った写真と同義で使われることが多いと思います。デジタルのピクセル(画素)とも異なり、イメージとしては銀の粒子を使って点描のような状態で画を残しています。そのためフィルムの写真を見たときによく言われる「ざらざら」を感じるわけですね。
神谷さんは「銀塩モノクロ写真」の魅力をどんなふうに考えていますか?
神谷:とても難しいご質問ですが……「階調がなだらか」とか「黒の締まりがいい」など、よく耳にするようなことはひとまず置いておいて、私自身の答えとしては「目に優しい」ということでしょうか。
銀塩モノクロ写真は、その構造上からも基本的に「点」から始まるわけですよね。悪く言えば、どこまでいってもシャープな線を描けないということになってしまうのですが、それでいいんだと思います。なぜなら、私たちが見ている世界には、本来明確な「線」というのは存在しないと思うんです。そういった意味でも、銀塩モノクロ写真は人の目に対しての親和性が高いのかなぁと思っています。実際、部屋に飾っていても違和感なく溶け込んでいることが多い気がします。もちろん被写体によりますが、過度に主張しすぎない優しさ、寛容さみたいなものを持っているからなのではないでしょうか。
また、プリントすることで「モノとして必ず成果物が残る」という魅力もあります。自分がどれだけ撮って、残してきたかが視覚的にわかり、その厚みを物理的に触れることができる。これは達成感や満足感を生む要因のひとつだと感じています。邪魔と言われれば、それまでなのですが(笑)。
そして、やろうと思えば自分の手で行える範囲が広いということ。写真は便利になるのに比例してブラックボックス化していった歴史を持っているというのはご存知かもしれませんが、銀塩モノクロ写真は多くの部分を自分の手で行う過程で構造的理解も進みますし、いろいろなことを考えるきっかけが生まれるような気がします。いまでも、暗室に入ったら、入った分だけ教えてくれる、発見することがあるように感じています。なにより肌感覚でモノを作り上げることができるのは、単純に楽しいですよね。
それから、銀塩に限ったことではないですが、モノクロ写真は「モノクロ」である時点で私たちが見ている世界とは別世界です。例えば、見る人が自由に色を想像しながら見てもいいし、作り手が実際とは別の世界を表現してもいい。それぞれの感性に委ねられる部分が大きいんです。そういった、いい意味での曖昧さ、懐の深さみたいなものが個人的には好きです。
THE BASE POINTが銀塩モノクロ専門店としてオープンしたのはどんな経緯からだったのでしょうか?
神谷:最近ではフィルムで撮影している方も増え、フィルム写真の人気が高まっていますが、多くの方はカラーネガで撮っていらっしゃるのが現状です。プリントまでしている方は少ないのではないでしょうか。量販店でもフィルムや印画紙の販売スペースが縮小傾向で、置いてあるラインナップも少ない。そこで、需要に応えつつ、弊社の扱う製品を紹介、販売できる場所を小さくてもいいから持ちたいと「THE BASE POINT」をオープンしました。
仕事のために始めた銀塩モノクロ写真にハマる
神谷さんご自身も銀塩モノクロ写真がお好きなのですか?
神谷:私自身は、前々職までは写真と関連のない仕事をしていました。前職でレンタル暗室に勤務したのがきっかけで、仕事のためにモノクロ写真を始めたんです。もともと“ものづくり”が好きだったこともあり、手を加えることでいろいろなバリエーションを生み出せる暗室作業がとても楽しくて、撮ることだけでなく、プリントすることにもハマりましたね。以来ずっと続いています。
この仕事を始めてから知ったのですが、私の祖父は小西六(のちのコニカ)に勤めていたようなんです。写真好きだったのはなんとなく知っていたのですが、妙な縁もあるものだなって、不思議な体験もしました(笑)。
良き相談相手になりたい
ここにいらっしゃる方はどんなお客さまが多いですか?
神谷:私たちも意外だったのですが、20〜30代の若い方が多いですね。暗室も併設し、銀塩モノクロ写真への導入の場にもなれればと思って、ここをオープンしたので、始めたばかりで“何を聞いていいか分からない”という方にも、ぜひ来ていただきたいです。何から始めればいいか分からない、自分でやってはみたけれど、どうしたらいいか知りたいと悩んでいる方の力になれたらと考えています。また次世代の方々に銀塩モノクロ写真を経験してもらい、続けてもらうことが、ひいては自分たちのためにもなりますので、一緒に悩む良き相談相手でありたいと考えています。
「写真」というと、とかく真実性を求められたり、どこか決まった型にはまったイメージがありますが、実は受け皿は大きく、報道も記録も家族写真もみんな「写真」です。広い裾野の中で、それぞれがやりたいことをやっているのがいちばん楽しいと思います。
プリントすることで自身の好みや主張に向き合う
併設されている暗室について教えてください。
神谷:モノクロプリントを⾏う暗室はご⾃⾝でひと通り作業のできる⽅向けにレンタルしています。また、初心者の方向けのプリント講習も行っています。現状は、RCペーパー(*1)のみ、⼩全紙(*2)までの対応です。状況によっては、プロラボや別所のレンタル暗室などのご案内もしています。当店では、ハイスペックな機材や難しいことではなく、まず基本的なことができるようになるよう意識しています。どんなことでも私をはじめスタッフにご相談ください。
これは個人的な考えなのですが、プリントでもデータでも見る人に届く最終形が自分の好みでないと想いは伝わりづらいのかな、と思います。私自身もそうなのですが、撮ったり、作ったりしていると、無意識に頑張った⾃分を伝えようとしがちです。でも、よく考えると、それは鑑賞者には見えづらい部分なんですよね。⼀旦前段階の情報を捨てて「かっこいいもの、自分の好きなカタチは何かな?」という問いに、ひとつひとつの工程で素直に向き合い、⾃⾝の「好き」な状態を作るのが⼤切なポイントだと思います。撮って、プリントを重ねるうちに、⾃分の好みが先鋭化されていくと思いますので、たくさん撮って、たくさん暗室を利⽤していただきたいです(笑)。
とはいえ、プリントをする意味というのは⼈によって違っていいと思うんです。あまり難しく考え過ぎずに楽しむ。偶然だって写真の重要なスパイスですよね。それに、作品作りをするだけが暗室に入る意味ではないのかもしれません。以前勤めていたレンタル暗室で、毎週プリントしにいらっしゃる熱⼼な妊婦の⽅がいました。当初は不思議に思っていたんです。⼿間のかかることを⾝重な体で、そんな苦しい思いまでして……って。でも、逆だったんです。その方にとっては、プリントそのものが癒しであったり、プリントすることで⾃分の好みや主張と向き合う。「作業」そのものに重要な意味があるんだと気づきました。
*1:「RCペーパー」は樹脂加工を施した銀塩写真用の印画紙の呼称。紙に処理液が吸着しないため、水洗が簡単で、初心者でも扱いやすい印画紙。
*2:「小全紙(しょうぜんし)」は406×508ミリ(16×20インチ)サイズで、大半切(だいはんせつ)とも呼ばれます。B3サイズが364×515ミリで小全紙にいちばん近いサイズ感。
銀塩モノクロ初心者でも安心のおすすめフィルム
銀塩モノクロを経験したことのない人におすすめのモノクロフィルムはありますか?
神谷:私自身が初めての方におすすめしているのは、「ILFORD PHOTO HP5 PLUS」です。デジタルネイティブ世代は、初めてのフィルムで撮れていなかったということも少なくありません。そこで心が折れてしまうと悲しいので、ISO 400でスタンダードなフィルムをすすめています。デジタルでは感度を自由に設定できますが、フィルムは感度が決まっていることもあって、思っているよりも暗いところには弱いです。まずは写っていることが大事ですので、暗いところにもある程度強く、増減感(*3)もしやすいこのフィルムがおすすめです。
ちゃんと写るという体験をして、そこから三脚を使って風景を撮る、スタジオでポートレートを撮るなど状況や描写の違いで、いろいろなフィルムを楽しんでいただけたらな、と思います。
*3:感度を上げることを増感、また下げることを減感と言います。例えば、ISO 400のフィルムを使って、ISO 800で撮影した際は現像時にISO 800に「増感」と指定します。現像では、増感、減感いずれも現像の時間を調整し、標準よりもフィルムの濃度を上げる(または下げる)現像です。濃度を上げると全体にコントラストが高めになり、下げるとその逆になります。あえて粒子感を出したいときなど増減感で写真の仕上がりを変えることが可能です。増減感はモノクロネガ、カラーリバーサルフィルムでは有効ですが、カラーネガフィルムではカラーバランスが崩れてしまうため、ほぼ行われません。
モノクロに限らず展示できるギャラリー
店舗の右手側にはギャラリースペースがあります。こちらは6日間を1単位としてレンタルしており、フレーム(展示用の額)のレンタルも可能です。詳細はTHE BASE POINTにご確認ください。
ギャラリーの方もモノクロ専用ですか?
神谷:お店の性格上、モノクロでの展示の方が多いのですが、カラーももちろん大丈夫です。普段カラーを撮っている方が、モノクロ写真に触れていただく機会にもなるので、むしろありがたいです。まず撮ってプリントして展示するということに意味がありますし、大事だと思うんですよね。幸いなことに店が通りに面していているので、ガラス越しに目に入った写真をじっくり見ようとふらりと入ってこられる方も多くて、さまざまな人に作品を見ていただけると思います。
なぜか愛機を構えると縦位置!
ご自身で撮影する際はどんなカメラを使っているのですか?
神谷:もともと叔父のものだったNikon F3を使っています。レンズはほとんどAI Micro-Nikkor 55mm f/2.8Sで、このほかに28mmを使うこともありますね。F3はしっかり写るし、本当に“間違いない”カメラだと思います。安心感、信頼感があります。PETRI Color 35は初めて買ったカメラなんです。このイエローのフィルターもついた状態で売っていたんですが、この佇まいも愛らしくてとても気に入っています。カラーフィルターを使っているのは、コントラストを上げて、空が白っぽくならないよう落とすためなんです。フィルムはILFORD PHOTO HP5 PLUSをはじめ、いろいろなものを使っています。
自分の撮った写真を見ると、不思議なことにほぼすべてが縦なんです。いま(取材時)ギャラリー展示の切り替え期間中で、私と祖父のプリントを展示させてもらっているのですが、私の写真はすべて縦でした。理由は分からないんですが……。カメラを構えたとき、既に縦位置なんですよね(笑)。これが自分にしっくりくる自然な形なんだと思います。
撮影からプリントまでサポートしてくれる“頼れる”お店
神谷さんはTHE BASE POINTの公式Twitterも担当しています。ツイートは写真に関連するものから、しないものまでさまざまです。神谷さんは「SNSでの投稿が“主義・主張”と捉えられてしまわないよう、いろいろ考えた結果こんなふうになってしまって」と笑いますが、これが絶妙なバランスで中毒性のあるツイートに。このTwitterの投稿のように、“思い”はあるけれど主張せず、店に来るさまざまなお客さんの好みや望みをそっとサポートしてくれるのが「THE BASE POINT」です。銀塩モノクロを始めたい、もっと学びたいというポジティブな気持ちを持つ方には必ず応えてくれる、“頼れる”お店。ぜひ一度足を運んでください。
銀塩モノクロ専門店
THE BASE POINT
東京都千代田区鍛冶町1-7-11 KCAビル1階
TEL:03-6260-9312
mail:info@thebasepoint.jp
営業時間:11:00-19:00
定休日:月曜日
アクセス:
JR 神田駅 南口 徒歩2分
地下鉄銀座線 神田駅 1番出口 徒歩4分
JR 新日本橋駅 2番出口 徒歩4分
Web:http://www.thebasepoint.jp/
Twitter:https://twitter.com/basepoint4696
Instagram:https://www.instagram.com/thebasepoint/